健康 不健康 この原因も、人は、植物 果物を主食とした生き物として、この世に生を与えられているのに、動物性の食事を主として血液が酸性化した本人の食生活にある。 人もこの世にあるものすべて自然物でありますから、自然に逆らった生活をすると、身体に影響します。朝起きて、昼間活動して、夜眠る この自然の生き方が大事です。 心の持ち方として、消極的な思いを持たないこと、 取り越し苦労をしないこと 怒り 恐れ 悲しみ の気持ちを持たないこと 積極的言葉を選び、積極的思いで生活すること こういったことをしていないと、後悔する今の自分を作っている原因になります。いい自分を作るのも 悪い自分を作るのも、すべて、自分がなしたことなんです。
怒ったり 悲しんだり 恐れたりすると、血液とリンパが、みるみるその生命を完全に支えきれないように悪くなります。怒れば血が黒褐色に味わいが苦くなります。悲しむと茶褐色になり味わいが渋くなります。恐ろしくなると丹青色になり味わいが酸っぱくなります。血液本来の姿が消えます。血液本来の姿は、弱アルカリ性でなければなりません。弱アルカリ性である限りは、黴菌がただ入っても、決して人間は病に冒されないんです。心が消極的になると、血液が酸性化しますから、悪い血が流れているから、臓器障害 特に肝臓障害となり、肝臓の中の糖原質が異常分解し、糖尿病になりやすくなります。また胃が悪くなったり、腸が悪くなったり、怒ったり 悲しんだり 恐れたり こういった気持ちをうまく切り替える習慣をもち、生活しましょう
廃棄処分の商品を、スーパーで売っていた。これに似た話、有名企業でも種々出てきています。心が乱れています。常に霊性心で生きる。霊性より発する心が、本心 良心です。良心より発する行動が、正直 親切です。 こういった良心に恥じない行動をとり、私利私欲を離れた生活をこれからも大切にしたく思います。人間の心の中で、最高に進化した心を霊性心と言います。人が生きるための指針となるような良い話を聞きたい。人生の悟りを得られるような方法を知りたいといった欲望を霊性的欲望と言います。これが満たされた喜びは法悦と呼ばれ、人生における最高の喜びです。また自己の行動が、人のために役立った時の喜びも霊性的喜びです。正直や、親切を行った喜びも霊性的喜びです。こういった喜びを持つよう心掛けたいものです、
人が生まれる順序は、エネルギーの分派または気を入れる間脳という袋ができる それから神経ができ 臓器ができ肉体ができる 気という宇宙のエネルギーが すべての根本である。過去の人はこれを神とか 仏とか名付けたのでしょうが、心は肉体と宇宙のエネルギーをつなぐパイプなようなものです。宇宙のエネルギーとつながり強く結ばれると、それがどんどん入ってくるとき、健康で、いい運命のなっていきます。つながりがが緩むと、体が悪くなり、悪い運命となっていくのです。宇宙のエネルギーは絶えず生成発展しながら、創造のエネルギーを出しています。人に、特別の能力 潜勢力を与えたのは宇宙が、生成発展することに、協力してもらう意味があるんです。それは、万物の霊長と言わしめるのも、このためです。簡単に言うと、私利私欲がなく、世のため 人のため、喜ぶことを言い 喜ぶことをすることなんです。これが協力することになるんです。そのためには、消極的なマイナスの心を持たないこと、絶えず積極的な心を持つこと そうすると、プラスの宇宙のエネルギーとのつながりが強くなり、宇宙のエネルギーがどんどん流れてきて、健康で、いい生き方だできるようになります。ようは、積極的な思考で生活し、取り越し苦労 不平 恐れ 悲しみ 怒り こういった気持ちを持たず 常に言葉 今思っていることをチェックし、切り替えながら、毎日明るく颯爽と生きていく そして常に良きことが出来上がったことを描きながら生活することです。
この度 おかげさまでとても快適な旅を楽しむことができました。電話でレンタルをお願いする際も、どの大きさがよいか、コンセントプラグのことなど、こちらの不安を丁寧に解消してくださったおかげで、安心して旅に出られました。サムソナイトのスーツケースは、とても軽くて丈夫で、思い切りお土産を買ったのですが、びくともせず、とにかく気持ちよく旅ができました。また次に行くときもぜひ、御社にお願いできればと思っています。本当に感謝しております。今後とも何とぞよろしくお願いします。
少しむつかしい話ですが、分かってきました、肉体も心も道具なんです。気 霊魂 が自分なんです。分光器で見ると、人間の肉体の周りを包んでいる一つの気のあることが発見されたんです。みんなあるんです。七つの層をなして、色が七つになっている。この分光器は、東大に一つ ベルリン大学に一つ、コロンビア大学に一つあります。このなかに、いわゆる霊魂が存在して、、その気が我々の肉体を守っている間は生きられる。死というときは、この気と体が離れる。普段気が付かずにおるけれど、みんな自分の体をきわめて小さな波長で七つの層をなして包んでいる、それで肉体との結合が正確にできている時が、肉体も健康、また精神的にも堅固と言えます。これがあやふやになると、病をやったり、精神面でも薄弱になる。これも積極的に生きることということです。あるがままに生きるこれがいいんです。人に親切にしたほうがいいですが、親切にしようがための親切じゃないんです。やることの結果が親切なんです。孝行したいと思ってした孝行は第二義、やってることが孝行であって、本当の孝行 本当に楽しく感じるときは、楽しい気持ちがわいた時でなく、本当に楽しいときは、楽しい気持ちがわかないで楽しい・うれしいなって気持ちも、うれしいなと思ったときは、第二義 うれしいと思わなくても、本当にうれしいときはうれしい。
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精神の弱さがあれば、他のどんなものでも代替えが利くわけがない。もともと、生涯の成功も、事業の繁栄も、すべては、自分が自分自身に課した不羈の精神、強い持続した思い込み通りしかならないのである。成功したいという強烈な思い込みが最初にない者が、偶然に思いを達しても、二度も三度もの成功はあり得ない。成功はそれほど必然的なもので、意図して持ち続ける以外にない。この強い独立不羈の精神があれば、ヒラメキガ涌き、輝ける方向が見えてくる。独立不羈の精神を集中して永く持ち続けることこそ、成功の根幹で、独立不羈の精神を失い、他人に依存する心を持てば、それが経営者として最大の敵となる。
昔話に、トラに追われ、木に登って逃げる 木の上には大蛇が口を開けて待っている 枝に飛び乗りぶら下がる、下は崖と川になっている 枝の切れ目をリスがつついている こういった時の心境と対処の仕方は、今を考える、ぶら下がっているのが今一番安全 あとのことはその時考えればいいとこうなるわけです。取り越し苦労をせず今にかける。野球も一緒で、過去は終わったこと、先のことはわからない、それを思い煩うと不安になる。野球はリードされると不安です。勝てないかもしれないと思ったり焦ったりする。それよりも今を大事にし、今に集中力を注いだほうが、道が開けやすい。前後裁断、前も後ろも断ち切って、今に集中する。
お互いがこうして生きている、考えてみればこれくらい不思議なことはない。この悠久なる時間と空間の中にあって、たまたま時と所を一にしてこうしているという、こんな不思議なことがないことがわかれば、この刹那、この場、この身というものが何より大事なのである。無限に愛惜すべきものなる。これが但惜身命という。それを把握するためには、とりとめもない日常の身命などは値打ちがない。これは不惜身命である。例えば、甲子園に出る明確な目標があるから、命を惜しんで、ひたすら努力をする。そしてその目標を達成するためには、自分の命を惜しまず、ひたすら努力をする。こういったことです。
さくら住宅という工務店の話が昨日テレビで拝見 どんな些細なリホームでもできるだけ早く行き、お客様に喜んでもらう。また以前のリホームしたお客様を訪問して、アフターに回り、決して売り込む姿は見せない。その時の、仕事では利益は出ないけれども、信用がつき大きなリホームをしてくれるお客が増える、 お客がほとんど株主となっている。会社の営業マンには、競争を決してさせない。全員で協力姿勢である。競争をさせると、無理な営業で、お客に迷惑をかける売り込みが出てくる。値引きもしない、そうすればどこかで、手抜きをするようになる。いい話です。 売り込まなくても、絶対な信用があり、何かあれば、ここに注文する、値段も任せる、こういった会社が本当の経営でしょうね、この会社の社長が以前勤めて会社では、売りっぱなしで、アフターで困っているお客様はほっとく姿勢があり、またそういった業界であった。この経験が今のお客様の気持ち第一の経営姿勢となっている。
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